ハジケ。

体に栄養を、心に刺激を。

3年目の春を迎えています

 少しずつ穏やかな風が吹いてきて、雪もすっかり解けた今日この頃。組織合同のゴタゴタ感に包まれながら、社会人3年目の春になりました。


 就活をしていたころ、『社会人3年目』という響きは一種の心の支えでした。3年目といえば、仕 事にも慣れてきてなんとなく自分の人生を考え直す時期、要は転職の絶好の機会です。まだギリギリ第二新卒として扱ってもらえることもあり、不本意な就職をした私にとっては「3年目で本当にいきたいところに行けばいい」と唱えることは、とても心強い気分にさせてくれるものでした。


 そして、今。その『社会人3年目』に差し掛かっています。3年目ともなると、会社にも馴染んで一人前として働ける大人のような気がしていたのですが、いざ自分がその立場になるとまだまだ未熟で不安だらけです。


 とはいえ、今のところ転職と言う2文字を考えることは余りありません。企業風土が当初思い描いていたよりも私に馴染んでいたし、2年目から携わっている仕事は私に向いているような気がしているからです。

 


人とかかわりながら、少しでも人にポジティブな感情を与えたい。


 2年間働いてきてようやく、私のやりたい仕事が見えてきたような気がします。就活をしていたころは、やりたいことの形にこだわりすぎて本質がぼやけたままでしたが、つまりはそういうことなんだろうなと思っています。


 4月から、組織が合併して約2倍の規模になります。表向きは対等での合併と言うことですが、 システム等を相手に合わせていることを鑑みると、実質的な吸収合併です。

 

 いろいろと変わることも多く、不安はつきません。特に、新しく同じ部署となる先輩が、まだ顔合わせしかしていない段階で明らかに私を疎んじる行動をとっていることとか。あいさつ程度しかしていないので、正直意味がわかりませんが。


 でもまあ、大きくなるということはできることも増えるということだと信じています。今までは難しかった地域単位のイベントや、参加したい!とわくわく出来るような活動ができれば、それはとても楽しそうだなと前向きな気持ちもあります。


 こういったイベントを通した地域での居場所作りのようなことは、私がやりたいことの本質であり、なかなか他の会社では難しいことなんじゃないかと感じます。 そういった意味では、私がこの会社に入ったことにも理由があり、他の会社に移らずに3年目を迎えることも悪くないのだろうなとぼんやりと考えています。


 きれいなことを言いつつも、不満はありますが。 休みが少なすぎるとか、先輩がクソだとか、家から遠い事務所になるとか。

 盲目にはなりたくないので、 利点<不満 に天秤が傾けばさっさと切り上げる心積もりではいます。

 

「これでよかった」にしたい

なんだかんだと久しぶりの記事である。

 

2021年は私にとってとても濃い一年になった。

春には高校時代の後輩が同じ職場に入ってきて、その後輩にOJT研修をすることになり。

夏には異動先での新しい仕事を何とかこなす日々を送り。

秋にはアプリを通じて出会った人と恋人になり。

冬にはなぜだかうまくいかない恋愛に思い悩んで、結局2022年始まってすぐに別れることとなってしまった。

 

社会人二年目にして、いろんなことが変化した一年だった。

それでもその変化は私にとって嬉しいものが大多数だったように思う。異動先の仕事は去年していた配達の仕事よりも私らしいと感じるし、職場に行くのが楽になった。

 

ただ、めちゃめちゃ悩んで、悩み疲れて別れてしまった恋愛だけは未だに「これでよかった」と胸を張れない。

三人目の彼氏にして、初めてのちゃんとした彼氏だったように思う。

今までは名称だけ変わったけど、デートもろくにしないまま、タイミングが合わなくて熱が上がり切らないような関係だったけど、今回はしっかりデートを重ねて向き合おうとした恋愛だった、はず。

 

どうして別れたかと言われると、漠然と「合わなかった」と答えるほかない。

明確に嫌いな部分があったわけでもないし、喧嘩ばかりだったわけでもない。むしろ喧嘩できるほど距離を詰められないまんまなのが苦しかった。

仲良くなろう、無理せずに打ち解けられるようになろうと工夫したつもりだった。

まずは自分が楽しめるようにとマーベル作品鑑賞に付き合ってもらったり、面白そうなゲームを見つけて一緒にやろうと誘ってみたり。

だけど、どうしても気まずさが取れなかった。合流した時のお互いに「ん」と目を逸らしながら歩き出す瞬間とか。食事中会話が見当たらなくて相手の視線ばかりが気になってしまう瞬間とか。

どうにもこうにも「居心地が悪い~~~~~!!!」と思うことがどんどん増えてしまった。

一緒に食事をしているとき、一番ホッとしていたのは一人でトイレにいる時間だった。

 

それでも、決定的に別れるきっかけにはならなくて、居心地の悪さも意識しているからこその緊張感からきているのだろうな、と思っていた。一緒に過ごす時間が長くなればきっと大丈夫だろう。

だけど、距離感は縮まらないままだし、何より気がかりだったのは体の不調。

 

付き合ってから2回目のデート。帰り際に急に気分が悪くなった。相手の車で送ってもらう最中のことで、私はそれをなかなか言い出せなかった。デートの雰囲気を壊したくなかったというのもあるけれど、今思えば、相手と別れて一人になれば収まることが何となくわかっていたからだ。

結局耐えきれなくなってコンビニで休ませてもらったけれど、店内でゆっくり呼吸を落ち着けていると彼が店内に入ってきて「大丈夫?」と声をかけてきた。やさしい行動だとは思うが、その時の私は「ひとりにしてくれ!!!!」とめちゃめちゃ思っていた。

結局一人になってからしばらく横になっていると、体は嘘のように治った。

 

そのことがあってから、「そういえば付き合う前のデートの時も、一緒にいるとごはんをあまり食べられなかったな」「この間もカフェどんぶりすら食べきれなかった」と自分の体がなんとなく拒否反応を起こしているような気がしていた。

3か月ほど付き合い続けても、結局それは治らなかった。最後にはお洒落なパフェすら食べきれず、むしろ相手と合流した時から気持ちが悪くなってしまう始末だった。

 

そのデートが終わったあと、「もう会いたくない」という気持ちが限界まで達してしまった。そして1週間ほど悩み続けた後、別れを切り出すことになった。

 

さんざん悩んだのに、別れてしまうと「別れない方がよかったかも」と頭をよぎる瞬間ができた。

相手の方に大きな落ち度がなかったというのもあるし、もっと私が自分の感情をうまくコントロールできていたらとか、限界になる前に話してみればよかったとか、タラレバが湧いて出てくるからだ。

 

彼はとても理性的だったし、ユーモアも通じたし、好きなものも似ていた。顔も好みだったし、学歴もよかった。

ただ、なにかが致命的に合わなかった、のかもしれない。

それは私の努力次第ではどうにかできたのかもしれないけど、どうにかしようと思えるほどの好意を持っていなかったことがそもそもの原因なのかもしれない。

 

彼にはとても悪いことをしたと思っているし、私自身も苦しむことの方が多い恋愛で疲れてしまった。

だけど、今回の恋愛で学んだこともたくさんある。

 

・思ったことを素直に伝えないと、どんどん自分が苦しくなる

・一緒にご飯を食べておいしいと思える人でなければ長続きしない

・自分はスペックではなく「家族を大切にする」「頭の回転が速い」「初めてのことに挑戦しようと思える」といった内面を重視していること

 

この時間を活かして、少しでもいい未来に近づいたと思えるようになろう。デートの時から「もっと一緒にいたい」と思える人じゃないと付き合っちゃだめだ。

そういう人と信頼を築いて、はやくこの恋愛は「これでよかった」と思えるようにしたいなあ。

いや、切に。

 

2年目、突然の異動。

 二年目の春。いつも通り朝の荷物の積み込みをしていると、なんとなく真面目な顔をした上司と統括に声をかけられた。「今日の夕方、ちょっと話があるから」。

 わたし、何かしただろうか……?と不安もよぎったけれど、時間が経つにつれてピンと思い至った。もしかしてコレ、異動の話なのでは……。四月、新人も入ってきた頃。まだ誰も新しくうちの部署に来る新人と交代する人を知らない。正直なところ、希望的観測もあった。わたしは以前から現場ではなくてもっと内側の仕事をしたいと思っていたし、今の仕事をずっと続けていくのは無理だと思っていたから。

 そして仕事が終わった後の話し合いで、わたしの予想通りのことが告げられた。ただ、配属先は少し意外で、今の支店のまま事務方に回るということだった。内容はお客さんとの話し合いやイベントのサポートすることを中心として、他の雑務も様々。

 希望通りドンピシャ、というわけでもないけれど、概ね思い描いていた通りになったかんじだ。この異動は本当に先例がない稀なことらしく、当時の上司からは「早すぎる。もう少し経験を積ませてあげてから異動なら快く送り出せるのに」と反対もされていたが、私は普通3年以上は配達をするのが当たり前のところを1年でスキップできることに妙な優越感を抱いてしまい、「はあ?できるし」という気持ちでいっぱいだった。もちろん口はしないけれど。

 結局、上層部が言い出した異動らしく、告げられたままの配属先に2か月ほどのOJT期間を経て異動することとなった。

 

 このOJTが私にとって大きく立ちはだかる壁になった。実は、私と交代する新人は、何の因果か高校時代に共に生徒会をしていた頃の直属の後輩だった。卒業後は連絡も取らず微妙な関係になっていたため、はじめは再会するのもなんとなく怯えている始末。なんとか話せるようになってきても、そもそも1年しか経験のない人間がうまく教えられるはずもなく。

 できうる限りのことを伝えているつもりなのに、荷物を倒してダメにしてしまったり、誤配してしまったり、後輩はいろいろな失敗をした。私がもっとしっかり見れていれば……。私ではなくてもっとベテランの人に教えてもらえれば、後輩が自信を失うこともなかっただろうに……。と思えば思うほど、もっとしっかりしなければ、と変にプレッシャーを感じた。

 それでも、後輩には失敗を気にせずのびのびとやってほしいと思って、一緒に行動しているときはできるだけ話をしたりおどけてみせたり、空気は重くならないように振舞っていると、毎日がしんどくて一人で配達していた頃はどれだけ楽だったことかと、2年目の私にOJTをさせること自体に不信が募っていた。

 そしてついに、配達中、いつもは絶対失敗しないところで脱輪。隣に後輩を乗せたままの事故に、一周回って笑うしかなかった。上司に連絡をして到着を待つ間に、二人でコンビニに行ってご飯を買い、これからなくなるであろう休憩時間を見越してお腹もすいていないのにお昼を食べた。奇しくもその日は、気合を入れて朝からパン屋によって購入した美味しいサンドイッチがランチだった。脱輪したトラックはレッカーを呼ぶしかない状態で、上司が持ってきたトラックにすべての荷物を移し替え、レッカーを待つ上司をその場に残して再出発。なんとも間抜けな先輩である。めちゃくちゃ落ち込んだし、情けなさすぎて消えてしまいたかったけれど、この一件でむしろ肩の荷が下りた。一度とんでもない失態を起こしているのだから、もうどうでもよくない?という開き直りである。

 その後は上司の手も借りながら、なんとか一通りを教えてOJTは終了。ふう、と胸を撫で下ろしたが、次は私がいろいろと教えてもらう番だ。

 

 がんばるぞ、と思っていたのだが、異動して一番に感じたのは「え、これだけ?」という拍子抜けな感覚だった。来年から大きく変動する仕事の形態に合わせて、今のうちから経験を積ませておこうという趣旨で、新たに作られた立場だからか上も私の仕事を準備できていなかった。

 いろいろな雑用をしながら、手が足りない部署の手伝いをしつつ、1か月に2週間だけあるイベント期間をこなす。営業の手伝いがひと段落着いた後は、イベント期間以外は本当に仕事がなかった。

 ひがなパソコンを見つめて、メールボックスを無意味に更新する毎日。耐えきれなくなって仕事ありませんかと乞食のように回ったり、配達担当者の仕事を一部やっておいたりしていたけれど、するべき仕事がはっきりしないのはどうにも座りが悪い。私はいる必要があるのだろうか、とか考えなくてもいいようなことを考えてしまう。暇なので。

 

 その一方で、イベント期間は馬鹿みたいに忙しい。一日に2つイベントがあると、その両方に顔を出すだけで一日が終わる。食品の安全性や環境問題など、なかなか意識の高いことを扱うイベントだから、出席者も癖が強い人が多い。

 中でも毎回送迎を必要とするドンのような人がいて、その人とのかかわり方も難しい。上司と同じようにしていたら、その人に叱咤されてあわててあれやこれやと立ち回ることになったり。人当たりはいいけれど初対面の人には話しかけられない私の背中を蹴っ飛ばすように、コミュニケーションをとれと怒られたり。

 当たりはきつい人だし価値観はあんまり合わない人だけれど、この人とうまいことやらないと後々しんどくなるし、言っていることはまあ正しいと思って、言われるがままに対応していた。会う回数が増えるごとに、少しずつ打ち解けてきたような感覚があって、行き帰りの車の中でいろいろな話をするようになった。

 と思っていたのだけれど、先日、別の人から「あの人があなたのことを何もしない人だって陰口言ってたよ」と伝えられた。最初は私にも直接そうやって叱っていたから、そういうことを言っていても納得ではあるんだけれど、少しずつ仲良くなれてきていると思っていたのに。シンプルにショックだった。

 つい事務所で愚痴ってしまったのだけれど、たまたま来ていた上層部の人になんにも心に響かない綺麗事を並べ立てられて、さらにイライラしてしまう羽目になった。数日たった今、何を言われたのか思い出そうとしても正直全く思い出せないくらい心に刺さらなかった。ただただうるせえノイズで帰ろうにも帰りにくいムードになり、「んだテメェ」という気持ちが抑えられず、「まあいいです、これから頑張ればいい話なんで、それじゃ」と早口で言って去ってしまった。完全に捨て台詞である。

 一晩経って、「うわ~まじでガキくさい態度をとってしまった」と猛省。

 

 よく考えてみれば、今の私の仕事は「癖の強い出席者たちとうまくやる」ということなのだから、人間関係で悩むのは当たり前なんだった。今までは体力仕事で精神的には楽だった分、これからは人間関係のあれこれで疲れるという仕事に変わったというだけだ。イベントで会う人も事務所で一緒に働く人に対しても。

 その部分への理解というか、覚悟が足りなかったんだなと思った。世の中いろんな人がいる。いろんな人の意見を聞いて、時には受け流して、バランスを取っていくのが必要なんだろうな。

 2年目も先の見えない不安があるけれど、新しいことに挑戦するのは好きだ。そういう機会を与えられたことには素直に感謝したいところだ。

 直属の上司ふたりがギスギスしているのは正直やめてほしいところではあるけれど。

 

社会人2年生がはじまる

ちょうど一年前の自分の記事を読み返すと不思議な気持ちになる。弊社は少し新年度の区切りが早いため、新入社員だった私は一年前の今日、社会人となった。その時の記事は非常にネガティブで、社会人になることで自分の中のナニカが終わりを迎えてしまうような、これからは何の面白みもない日々が始まるような気がしていた。それから一年、少しだけ今年一年を振り返って記録しておきたい。

 

入社して一か月はほとんど本部での研修が続いた。基本的に座って話を聞いているのみで、この期間は特につらいと思うようなことはなく、朝起きる規則正しい生活は嫌だけどなんとかやっていけそうかもと思っていた。正直なところ、研修内容には拍子抜けというか、新人研修がこのレベルか……とか何様という感じで思っていた。これに関しては今も少し思っている。弊社は人を育てる力が弱いというか、こんなかんじでこの先大丈夫なの?と思う部分がまあある。

 

それから現在の部署に異動。予想通りの配置ではあったけれど、やはり体力仕事なこともあってしばらくは体が重たくて仕方がなかった。OJT期間中は仕事の速い上司に直接教えてもらえたというラッキーもあって楽しくやっていたけれど、はっきりキツイなと思ったのは独り立ちしたころ。ちょうど梅雨の時期だったこともあって、連日髪から服からびしょびしょに濡れて、踏みしめるたびに水が噴き出してくる靴が気持ち悪くて最悪だった。まだ配達にも慣れていないから休憩時間もそう取れなくて、急いでご飯を食べて一息ついたら出発、みたいな体に鞭打って働いていた感じだ。

ただまあ、同じ支部の先輩たちはいい人が多くて、コロナの影響で飲み会なんかはなかったけれど、積極的にいろいろと教えてくれたり助けてくれたりした。上には黙って焼き肉を食べに行ったりカラオケしに行ったり、2回だけプライベートで遊んだけれど、その時間もあって職場には自然と馴染めたと思う。

 

祝日もお盆休みも仕事だということに嫌気がさして、自分だけこんなに働いている、やっぱり就活もっと頑張ればよかった、と思うことは頻繁にあった。疲れていると今も頭をよぎる。初めの頃はお客さんに「女の子なのにこんな仕事?」と言われるたびに傷ついて、自分は進路の選択を誤ったんだろうかと取り返しのつかない失敗をしたような気持ちになることもあったけれど、最近は真面目に仕事していたのが認められてきたのか、そういうことを言われることはずいぶん減った。配達員が女子だということに驚かれることはあっても、「女の子なのによく頑張っているね」みたいな好意的な意見を持ってもらえることも増えたと思う。

 

毎回労いの言葉をかけてくれる人もできたし、自分の近況をメッセージカードで報告して文通みたいなことをしている人もいる。先日なんて、自分の息子に会ってほしいといわれるほどだ。(ぶっちゃけちょっと反応に困るけど悪い気はしない)

こういうお客さんが増えたことは、私がこの一年間、落ち込みながらも悩みながらもなんとか仕事をしてきた結果だと思うし、曲がりなりにも信頼を得られてきた証だと思う。ミスがないわけでもないし、上司にもしょっちゅう迷惑をかけているけれど、それでも少しずつ社会人として認められてきているのだろうか。そうだといいなと思う。

 

 

目下の悩みは、営業の成績が全く振るわないことだ。こういうのはタイミングとか運とかもあると思うけれど、私なりに少しずつ声をかけたり飛び込み営業に挑戦しようとしたり、行動はしているつもりなんだけどそれがなかなか結果につながらない。周りの人の実績が一件、一件と増えていくのを横目に私の実績欄が全くの空白になっているのをみると、無力感に苛まれるし結果の出ないことをやり続けなければならないことがしんどくて逃げ出したくなる。

 

前回の営業期間も本当に苦しくて、全然結果が出なくて消えてしまいたいと思うことも多かった。私は営業に向いてないんだろうか、それともやり方が悪いのだろうか。ただタイミングがあっていないだけ?同期のできる子がぐんぐん成績を伸ばしているのを見ると、自分は劣等生な気がしてきてつらい。今まではできる側に立つことが多かったから猶更。

 

2年目はこういう部分と向き合っていくことになるのだろうなと思うとため息が出るけれど、少しずつでもいいから自分が成長していることを感じられるように過程を楽しんでいきたい。とはいっても本部に異動になるならそれはそれで万々歳だけど。

 

社会人一年目。やっぱり思っていたと通り仕事は大変で、しんどくて、でも思っていたより楽しいと思うこともあって。社会人になればナニカが死んでしまうんじゃないかと思っていたけれど、良くも悪くも私は私のままだった。休日数が少ないことは相変わらず不満だけど、今後は増やしていく予定とは言っているので会社側の様子見といこうかな。その休日でも、友達と旅行に行ったりヨガに通ったり、そこそこ楽しく日常を生きられている自分がすごい。えらい。よく頑張ってる。

この先はもっと恋愛とかもできたらいいね。気になる人はいるんだけどな、アプローチができないのよね。

 

そろそろ新人が入ってくる時期。いつまでも新人のような顔はしていられないのが残念すぎるけど、私がそうだったように不安定な時期はどうしてもあるだろうから、少しでも先輩らしく支えられたらいいな、なんて思う。

一年前の記事と比べればちょっとでも前向きになれている気がするのが嬉しい。

無理しすぎないように、私のペースでがんばっていこう。

 

春ですね~……。

 

 

仕事について思うこと

 

社会人になって早一年。

最近、なんだか仕事がしんどくなってきた。今までは不本意での入社だったのもあって、一度「やめたい」と思ってしまうともう戻れないじゃないかと思って、自分の中の後ろ向きな感情からは目を背けてやってきたけれど、もうそろそろそういう感情も受け入れながら今後を考えていけるんじゃないかと思い始めた。だから、今なにがしんどいのか自分なりに考えていきたい。

 

今の私の仕事は、ルートの決まった配達がメインで、それに加えて営業活動を行っている。営業も大きく分けて新規拡大と商品訴求の2つ。

営業期間は年に4度決められていて、今はまさに商品訴求の営業期間中だ。これが終われば、間髪入れずに新規拡大の営業期間が始まる。

 

今のところ、メインの配達はそんなに負担を感じない。たしかに休憩がとれなくなったり、体が重くて大変(特に生理前後なんかは)なときもあるけれど、基本的には体を動かしていれば終わるし、精神的には疲れない。配達中も、お客さんの子供さんから嬉しい言葉をもらったり、お菓子とか飲み物とかを差し入れしてもらうこともあるし、まさにお客さんに支えられて楽しくやっている。

 

問題は年に4度ある営業期間だ。

私は元々愛想がよかったこともあって、人から拒絶された経験が少ない。営業は人に何かを提案したり、頼んだりして、そしてそのほとんどを断られる作業だ。誰がやってもそうだということはわかっているけれど、やはり断られると「余計なことを言ってすみませんでした」というような身の縮まる思いがする。

 

最近は「どうせ断られるし」「目標なんてできっこないし適当でいいか」「電話の数だけこなしてやってることにしよう」みたいな、逃げの姿勢が自分でもわかるくらい目立ってきた。そんな態度でやっているものだから猶更結果が出ないし、結果が出ないからさらに声をかけたくなくなって嫌々仕事をする、みたいな悪循環になっている。結果が出るようになるまでは数をこなすしかない。私は今その期間にいるのだ、ということはわかっているけれど心が付いてこない。しんどい、やりたくない、でもやらないと怒られるし……。こんな気持ちだと営業期間はやく終われとしか思えなくてつらい。

 

今、「転職と副業のかけ算」という本を読んでいるが、ひとつ思い当たることがあって唸った一文があった。

「スキルをえられる会社で働きたいというが、スキルなんてものは与えられるものではない。仕事に対する姿勢、そのスタンスだけが一貫して変わらないものであり、そのスタンスがあればどんな仕事をしていても成長できる」というような旨の文だった。

 

確かに、営業は嫌で仕方がないけれど、仮に今度転職活動をするとして、その際にも自分を会社に売り込むという営業のスキルが必要になる。今の私のスタンスでやっていても、面接はうまくならないし、自分という商品の良さを伝えられない。結局のところ、どこで何をするにしても営業というスキルは生きてくるはず。

 

同期と休職と愚痴

入社半年の秋、同期が一人辞めた。

唯一の女子の同期は休職した。

 

そんなに悪い会社だっただろうか。新人が逃げ出したくなるほどの環境だっただろうか。

私個人としては、確かに体力的に大変な部分はあるけれど、先輩たちはとても良くしてくれているし体調が悪いときはカバーに入ってもらえる。休日なんかの労働条件はいいとは言えないけれど、悪くない職場という印象だっただけに、複雑な気持ちだ。

 

休職する前、その子からラインが届いた。

「私、もう限界かもしれない」

「毎朝涙が出て止まらない」

「こんなの、女がやる仕事じゃなかった」

 

とても覚えがよく、一番に独り立ちした子だったから、それを聞かされた時はショックだった。ああ、あの子でさえそう感じてしまうのか、という一種の諦観。

とりあえず、ため込んでいることを吐き出してもらえれば、何か変わるかもしれない。

そう思って一緒にご飯を食べに行く約束はそのまま実行にした。行かなきゃよかった。

 

久々にあったその子は、長かった髪をバッサリ切っていて、とても疲れ果てた顔をしていた。溌溂だった印象は鳴りを潜め、声はぼそぼそとか弱い。

ランチセットを頼んで、届くまで彼女の話をひたすら聞いた。

 

「もう無理」

「会社の名前の入った車を見ただけで吐き気がする」

「名前すら聞きたくない」

「もう仕事のことを考えたくない」

 

喉が渇いた。散々思い悩んだのだろう彼女の声は、負の感情が凝縮されているようで一つ一つが重たく、私はひたすら水を飲んで誤魔化した。

 

会社に相談した経緯や、その時の自分の状況なんかを聞いていると、ほとんど鬱状態

確かに働くような状態にないことはわかった。こうなった理由は自分でもわからない、と投げやりな口調だった。お客さんに会いたくない、声すら聴きたくない。少しでも元気になってもらうつもり出来たけれど、これは多分無理だろうなと私もどこかで匙を投げた。

 

やめたいと思っているのだから仕方がないのだけれど、彼女の愚痴はどんどん攻撃性を増した。

「この仕事を続けていても得るものがない」

「移動してオフィスワークになっても、ここでは働きたくない」

そしてまた、

「女がする仕事じゃなかった」

 

なんだか、私が今そこそこ楽しく仕事をしていることまで否定されたような気持ちになった。ここにいてはいけないんだろうか。ここは沈みゆく泥船なんだろうか。

 

時折お客さんに「かわいそうに」と言われることがある。女の子なのに体力仕事をして、と。本意ではなかったけれど、最終的には自分で就くと決めた仕事なのに。「かわいそう」?私は仕事をしているだけであって、誰かに哀れまれるようなことは何もない。自分の仕事を馬鹿にされているようで、ここにいるのは間違っているといわれているようで、「かわいそう」と言われるたびに何か膿をため込んでいた。

 

けれど、それは仕事を経験していない人から言われていただけマシだったんだとわかった。一通り経験した同期に同じようなことを言われると、本当にしんどくて食事中なんだか気持ち悪かった。同期の吐く毒で、私が心をやられてしまった。

 

でも、疲れた顔をする彼女の言い分もわからないでもないけれど、正直彼女は青い鳥を追っているようにしか見えなかった。

「オフィスワークはしたくない」

「祝日も休みたい」

「彼氏の姉は歯科助手をしているけど、私は人の口の中を見るなんて無理」

「求人も全然ない」

一体何がしたいんだろう。人の仕事に対して最初から否定するようなことを言って、何の仕事ならしたいっていうんだろう。

仕事の愚痴ばかり出てきて、環境のせいにしかしていない姿がなんだか悲しかった。確かに環境も大きい要因だったんだろうけど、こういう仕事だということは入社前から分かっていたはずだし、休日が少ないのも分かっていたこと。それに対して、ろくに想像もしないまま入社したんだろうな、という甘さも感じずにはいられない。

 

今は休職だけれど、彼女は退職するんだろうな。

昨日の様子を見てほとんど確信している。同じ仕事をする同性がいなくなってしまうことは寂しいけれど、これ以上の無理はしてほしくないし、私も彼女の愚痴で病んでしまいそうだ。

 

話を聞いた直後は彼女の負の感情に引っ張られそうになったけど、今は彼女と私の感情を分けて考えられるようになってきた。同じ女でも、人は人、私は私。

私自身が仕事に対してどう思うかはまた別の話ということ。

彼女の言い分もわからないでもないけれど、私自身がこの仕事を嫌になるまではとりあえずゆるゆると頑張ってみようかな、と思う。

 

 

7/11.12 地獄のドライブ温泉天国草津へ

本配属されてから初めての指定休をいただき、土から月の三連休~!

金曜日の夜なんて、明日も明後日も明々後日も休みでもう永遠に休みな気さえした。しかもるんるん定時退社だし。帰りにセブンによって旅のお供まで買っちゃった。

いつも通り直前になって必要最低限の荷物を詰め、ちゃっちゃか支度を済ませる。今回は初めての長距離ドライブだから、時間つぶしの為に私の持っている全米津玄師を一枚のディスクにまとめたりと初めての挑戦にドキドキしつつもワクワクなんかして。

華金にさっさとベッドに入り、明日の早朝からの旅行に思いを馳せる。

 

そして当日、朝。

休日なのに平日よりも早く起きて、お母さんに作ってもらったおにぎりを握りしめて、さあ出発。カーナビで目的地を設定すると、六時間かかるとのこと。一時間までしか運転したことのない私は気の遠くなりそうな数字に苦笑。

それでも行くしかないので、カーナビに従って運転していると、一時間半ほど運転したあたりでなんだか体温がサアーッと引いていく感覚がした。これはまずいと思って道の駅に止まって、おにぎりの残りをかき込み、当分の摂取摂取。

何とか回復したので、改めて道の確認をしてから再出発するぞ、と思いきや。カーナビだけでなくスマホのナビを開いてみると、通るはずだった道がことごとく通行止め。前日までに降り注いだ大量の雨のせいで土砂崩れなんかが多発して、つかえるような状況にないらしい。

絶望しながら新しい道を検索すると、所要時間5時間半の文字。今までの一時間半は何だったの~~~???絶望しすぎてもうおうちに帰ろうかと思った。

それからのことは正直あまり覚えてない。虚無になりながらひたすらハンドルを握ってた。え?ほんとにこの道?と思うような山道をいくつも乗り越え、誰も走っていない水浸しの道を駆け抜けて、出発してから八時間が経ったころ。ようやく草津の看板が。もうおしりが痛すぎて三等分になりそうなくらいだったけど、助かった……という安堵の気持ちが半端なかった。

 

人っ子一人いない山道から、一気に温泉街の活気にあふれる光景に切り替わっていく。道の途中に車を止めて、まありに万感の思いを込めて「ついたよ」と送る。まじで長かった、もう一生つかないと思った。

足湯に浸かっていたまありと無事に合流して、本日の宿へと向かう。駐車場に車を置いて、チェックインを済ませて温泉街へと繰り出す。ぶっちゃけ到着するまでにすべての体力を使い果たしたと思っていたけど、楽しいことなら全然いけるもんだな。

 

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草津のトレードマーク、湯畑のあたりにいくと大勢の人が思い思いに時を過ごしていた。疲れたし早速、ということで3湯めぐり手形を購入して、ひとつめ「大滝の湯」に向かう。

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「大滝の湯」の「湯」の部分がめくれて見えなくなっていたので、代わりにまありに「Y」をやってもらいました。ここはにごりの強いお湯で、粘度が高いのか肌がつるつるになるような感覚がする最高の湯。疲れた体に染み渡る~~~~~。

私もまありも立ち仕事だから、なかなか取れない足の疲れが解れていく気がする。やっぱり温泉最高。日本に住んでてよかった。

しかしまありは東京に行ってから飲み過ぎだと思う。都会の女になったのか……と思いつつ、でもこうやって話してると何にも変わらなくて安心する。そのままでいてくれ。

今回のハイライトは車の中でぼーっと考えてた「キャントセイヒトノコト」かな。いつ使うんだよ感しかない。

 

宿の夕食までもう少し時間があるということで、人気のラスクを買ったり、焼き鳥を買おうと試みる。ものの、あまりにも人気過ぎる&注文を受けてから焼いているため、夕飯までに間に合わず……。涙を呑んで宿に戻った。

 

今回の宿「ペンション・レザン」はワインソムリエの資格を持っているオーナーがその場で作ってくれるフレンチのコースが目玉。ただ、さほどワインが好きではない私たちには1/2ボトルも飲み切る自信がなく、大人しくジンジャーエールを頼む。「え、ワインは……?」みたいな空気を醸し出していたオーナーには申し訳ないが、ジンジャーエールも美味しかったので許してほしい。

前菜のパテからスープ、メイン二つ、デザートともりもりのコース。全部頬が落ちるほど美味しかったんだけど、特にコーンスープが美味しすぎた。さらさらとしたスープなのに、たしかにコーンのつぶ感を感じるほど新鮮な味わい。いくらでも飲めるしお代わりしたいくらいだった。あと鰆もパリ、ふわの食感で最高に美味しかった。

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食事を満喫したんだけど、なんだろう、フランス料理を食べてるときって上品にならなきゃならない気がする。なんか居酒屋の時みたいに大声を出したり、明け透けな話をしたりって慎むべきみたいな空気感ある。フランス料理初心者だから、どんな顔してどんな話していいのかわからないや。結局いつもと同じような下世話な話もしちゃったしね。

 

夕食も終えて、夜の湯畑に繰り出す。ライトアップをしているらしく、昼間とは様相を変えた姿が見られた。

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紫や青に照らされているのが、なんだかディズニーみたいで、温泉のあるディズニーって至高の場所じゃない?なんて思う。

ぶらぶらお店を回ったり、奥に見えるお寺に行ってみたり。どこもかしこも綺麗にライトアップされていて映えまくり。なのに顔が死に過ぎていい写真一つもないの何でなの。

 

百貨店みたいなお店に入ってみると、「酒ガチャ」なるものを発見。400円を入れて回すと、柿の種か地酒が出てくるという代物。「五回に一回」当たるという触れ込みを信じて、一度だけ回してみる。「お酒お酒お酒」と二人で唱えながら回して、出てきたカプセルを覗き込んでみると、なんと大当たり! 2500円ほどの上等な日本酒がたったの400円でゲットできてしまった。滅茶滅茶テンションが上がった。日ごろの行いがいいからだわ。

 

るんるんでお店を出て、夕方は時間がなくて諦めた焼き鳥にリベンジ。残念ながらつくねと手羽先しか残っていなかったけれど、直火でじっくり焼いた出来立ての焼き鳥を、ビール片手に、しかも足湯に入りながら楽しんだ瞬間は幸せの権化といった所感。贅沢過ぎる。

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三時過ぎに到着して草津を回り始めたのに、一日目にしてあれもこれも楽しめて最高だった。しかも健康的に11時過ぎに就寝。

 

 

二日目。

朝早く起きて、早速ホテルの朝風呂へ。朝から芯から温まって最高の目覚め。今回の旅行最高でしかないな。

この日は残念ながら午前中は不思議な空模様で、いきなり土砂降りになったり真っ青の空が見えたり。

 

本日最初の予定は、白根神社参拝。こじんまりとした神社ながら、大きな絵馬ボードが置いてあったりして、結構楽しめた。ご自由にお書きくださいとマッキーも置いてあったので、隅っこに「自分らしく楽しい人生を」と走り書き。

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これは去年ののがみんの短冊の潔さにあこがれていますね。お稲荷さんもマスクしてておそろだった。

 

参拝を済ませたら、大きな露天風呂が特長の「西の河原露天風呂」に向かう。この途中で急な土砂降りに振られて大変だった。湯の川と呼ばれる、源泉がそのまま流れてくる川があって、水にように見えるのに触れてみると温かい、という摩訶不思議な体験ができたんだけど、そこにいっぱい足湯があるのに雨のせいで楽しめず。悲しみ。ちなみに帰りはやんでいたのでリベンジしました。

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手形を見せて入湯。最初にお金を払ってしまうと、まるでタダで入っているような気持ちになれるのでお勧め。

ここは緑の湯が印象的。徐々に晴れてきた空の下でまったりと温まる。上半身には心地よい風が吹いてくるので、結構熱めのお湯でもゆっくり浸かれた。

お風呂に入りすぎて皮膚が取れるかと思ったけど、どんどんさらさらになっていくばっかりで最高だわ。

お風呂上りに飲むヨーグルトも飲んで、幸福指数が留まることを知らない。よく考えると、ホテルの朝食にもヨーグルトがあったんだけど細かいことは気にしないことにする。

 

お風呂を楽しんだ後は買い物。土産物が並ぶ通りを練り歩きながら、気になるお店に入ってみる。おじいちゃんの温泉饅頭攻撃にたびたびつかまりながらも、めっちゃかわいいガラスのイヤリングを購入。最近旅先でひとつイヤリング買うのが趣味になってる気がする。いい趣味じゃん。

 

そんな風に楽しんでいたら、いつの間にか草津名物の湯もみショーの時間を過ぎてしまっていて、次はもう三時なんだとか。三時ごろにはもう出発しようと思っていたから今回は断念……。ランチにたべようとしていた「どんぐり」も朝食とお饅頭で食べられなくなったから、次回またリベンジしに来なくては。

 

やることが無くなったので、ちょっとパンフレットに書いてあった山まで行ってみよう、ということで急遽ドライブを慣行。いっぱい二人で旅行して回ったけど、ドライブは初めてだなあなんて考えながら運転していると、なんだか感慨深い。途中に見えるキャベツ畑に興奮しながら進む。途中でふと、まありが「あれ、今通行止めになってるっぽい」と呟く。おやおや?雲行きが怪しいなと思いつつ電話で確認すると、ほんとうにやってなかった。

ということで、どこにも行けずに引き返すことに。米津玄師かよ。

折角なので途中で直売所によって桃を買ったり、道の駅をふらふら見てみたり。

 

そして再びの湯畑。最後に残していた温泉、「御座之湯」。中に入ると、暗めの照明と木造の建物が調和していて、すごく落ち着いた雰囲気。もう服を脱ぐのも慣れたもの。ぱぱっとあっという間に裸になって、シャワーを浴びて入浴。

不思議な天気に加えて高地なこともあって体がだいぶ冷えていたのか、最初は熱っとおもったけれど、浸かっていると芯から温まる感覚が心地よくなってくる。ゆったりまったりお湯を楽しんで、名残惜しいけれどお湯から上がる。

この2日で5回ぐらいお湯につかった気がする。何回浸かっても最高なのすごいな。

 

風呂上がりの小腹を卵ソフトクリームで満たして、最後の買い物をして回る。

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祖父母にお饅頭を、自分にお菓子を。職場へは旅行に行ったって言いづらいからいいや。

 

バスで東京に帰るまありを見送って、私も車に乗り込む。帰り道も通行止めに翻弄されまくったけれど、一つ言えるのは高速道路最高過ぎるということかな。

 

たった二日間だったけれど、五日ぐらいいたような気がする。それくらい濃密な休日でした。やっぱり旅行は最高だ。気心の知れた友人と行くともっと最高だ。