ハジケ。

体に栄養を、心に刺激を。

2年目、突然の異動。

 二年目の春。いつも通り朝の荷物の積み込みをしていると、なんとなく真面目な顔をした上司と統括に声をかけられた。「今日の夕方、ちょっと話があるから」。

 わたし、何かしただろうか……?と不安もよぎったけれど、時間が経つにつれてピンと思い至った。もしかしてコレ、異動の話なのでは……。四月、新人も入ってきた頃。まだ誰も新しくうちの部署に来る新人と交代する人を知らない。正直なところ、希望的観測もあった。わたしは以前から現場ではなくてもっと内側の仕事をしたいと思っていたし、今の仕事をずっと続けていくのは無理だと思っていたから。

 そして仕事が終わった後の話し合いで、わたしの予想通りのことが告げられた。ただ、配属先は少し意外で、今の支店のまま事務方に回るということだった。内容はお客さんとの話し合いやイベントのサポートすることを中心として、他の雑務も様々。

 希望通りドンピシャ、というわけでもないけれど、概ね思い描いていた通りになったかんじだ。この異動は本当に先例がない稀なことらしく、当時の上司からは「早すぎる。もう少し経験を積ませてあげてから異動なら快く送り出せるのに」と反対もされていたが、私は普通3年以上は配達をするのが当たり前のところを1年でスキップできることに妙な優越感を抱いてしまい、「はあ?できるし」という気持ちでいっぱいだった。もちろん口はしないけれど。

 結局、上層部が言い出した異動らしく、告げられたままの配属先に2か月ほどのOJT期間を経て異動することとなった。

 

 このOJTが私にとって大きく立ちはだかる壁になった。実は、私と交代する新人は、何の因果か高校時代に共に生徒会をしていた頃の直属の後輩だった。卒業後は連絡も取らず微妙な関係になっていたため、はじめは再会するのもなんとなく怯えている始末。なんとか話せるようになってきても、そもそも1年しか経験のない人間がうまく教えられるはずもなく。

 できうる限りのことを伝えているつもりなのに、荷物を倒してダメにしてしまったり、誤配してしまったり、後輩はいろいろな失敗をした。私がもっとしっかり見れていれば……。私ではなくてもっとベテランの人に教えてもらえれば、後輩が自信を失うこともなかっただろうに……。と思えば思うほど、もっとしっかりしなければ、と変にプレッシャーを感じた。

 それでも、後輩には失敗を気にせずのびのびとやってほしいと思って、一緒に行動しているときはできるだけ話をしたりおどけてみせたり、空気は重くならないように振舞っていると、毎日がしんどくて一人で配達していた頃はどれだけ楽だったことかと、2年目の私にOJTをさせること自体に不信が募っていた。

 そしてついに、配達中、いつもは絶対失敗しないところで脱輪。隣に後輩を乗せたままの事故に、一周回って笑うしかなかった。上司に連絡をして到着を待つ間に、二人でコンビニに行ってご飯を買い、これからなくなるであろう休憩時間を見越してお腹もすいていないのにお昼を食べた。奇しくもその日は、気合を入れて朝からパン屋によって購入した美味しいサンドイッチがランチだった。脱輪したトラックはレッカーを呼ぶしかない状態で、上司が持ってきたトラックにすべての荷物を移し替え、レッカーを待つ上司をその場に残して再出発。なんとも間抜けな先輩である。めちゃくちゃ落ち込んだし、情けなさすぎて消えてしまいたかったけれど、この一件でむしろ肩の荷が下りた。一度とんでもない失態を起こしているのだから、もうどうでもよくない?という開き直りである。

 その後は上司の手も借りながら、なんとか一通りを教えてOJTは終了。ふう、と胸を撫で下ろしたが、次は私がいろいろと教えてもらう番だ。

 

 がんばるぞ、と思っていたのだが、異動して一番に感じたのは「え、これだけ?」という拍子抜けな感覚だった。来年から大きく変動する仕事の形態に合わせて、今のうちから経験を積ませておこうという趣旨で、新たに作られた立場だからか上も私の仕事を準備できていなかった。

 いろいろな雑用をしながら、手が足りない部署の手伝いをしつつ、1か月に2週間だけあるイベント期間をこなす。営業の手伝いがひと段落着いた後は、イベント期間以外は本当に仕事がなかった。

 ひがなパソコンを見つめて、メールボックスを無意味に更新する毎日。耐えきれなくなって仕事ありませんかと乞食のように回ったり、配達担当者の仕事を一部やっておいたりしていたけれど、するべき仕事がはっきりしないのはどうにも座りが悪い。私はいる必要があるのだろうか、とか考えなくてもいいようなことを考えてしまう。暇なので。

 

 その一方で、イベント期間は馬鹿みたいに忙しい。一日に2つイベントがあると、その両方に顔を出すだけで一日が終わる。食品の安全性や環境問題など、なかなか意識の高いことを扱うイベントだから、出席者も癖が強い人が多い。

 中でも毎回送迎を必要とするドンのような人がいて、その人とのかかわり方も難しい。上司と同じようにしていたら、その人に叱咤されてあわててあれやこれやと立ち回ることになったり。人当たりはいいけれど初対面の人には話しかけられない私の背中を蹴っ飛ばすように、コミュニケーションをとれと怒られたり。

 当たりはきつい人だし価値観はあんまり合わない人だけれど、この人とうまいことやらないと後々しんどくなるし、言っていることはまあ正しいと思って、言われるがままに対応していた。会う回数が増えるごとに、少しずつ打ち解けてきたような感覚があって、行き帰りの車の中でいろいろな話をするようになった。

 と思っていたのだけれど、先日、別の人から「あの人があなたのことを何もしない人だって陰口言ってたよ」と伝えられた。最初は私にも直接そうやって叱っていたから、そういうことを言っていても納得ではあるんだけれど、少しずつ仲良くなれてきていると思っていたのに。シンプルにショックだった。

 つい事務所で愚痴ってしまったのだけれど、たまたま来ていた上層部の人になんにも心に響かない綺麗事を並べ立てられて、さらにイライラしてしまう羽目になった。数日たった今、何を言われたのか思い出そうとしても正直全く思い出せないくらい心に刺さらなかった。ただただうるせえノイズで帰ろうにも帰りにくいムードになり、「んだテメェ」という気持ちが抑えられず、「まあいいです、これから頑張ればいい話なんで、それじゃ」と早口で言って去ってしまった。完全に捨て台詞である。

 一晩経って、「うわ~まじでガキくさい態度をとってしまった」と猛省。

 

 よく考えてみれば、今の私の仕事は「癖の強い出席者たちとうまくやる」ということなのだから、人間関係で悩むのは当たり前なんだった。今までは体力仕事で精神的には楽だった分、これからは人間関係のあれこれで疲れるという仕事に変わったというだけだ。イベントで会う人も事務所で一緒に働く人に対しても。

 その部分への理解というか、覚悟が足りなかったんだなと思った。世の中いろんな人がいる。いろんな人の意見を聞いて、時には受け流して、バランスを取っていくのが必要なんだろうな。

 2年目も先の見えない不安があるけれど、新しいことに挑戦するのは好きだ。そういう機会を与えられたことには素直に感謝したいところだ。

 直属の上司ふたりがギスギスしているのは正直やめてほしいところではあるけれど。